『あつまれ どうぶつの森』や『The Sims』といったライフシミュレーションゲームをプレイしたことがある人なら、自分のキャラクターのために理想の家を建て、お洒落な家具を配置し、完璧な庭を作る楽しさを知っているはずです。これらのゲーム内では、床にゴミが落ちていることは滅多になく、あってもボタン一つで解消されます。キャラクターたちは常に清潔な環境で過ごし、その幸せそうな姿を見ることで、プレイヤー自身も心の安らぎを得ます。しかし、ここで一つの奇妙な現象が起こります。画面の中では何百時間もかけて完璧な家を作り上げているプレイヤーの現実の部屋が、足の踏み場もないゴミ屋敷になっていることが少なくないのです。なぜ、ゲームの中ではあれほど完璧に環境をコントロールできるのに、現実はこれほどまでに制御不能に陥ってしまうのでしょうか。その理由は、ゲームが提供する「全能感」と、現実が突きつける「無力感」の差にあります。ゲームの中では資金(ゲーム内通貨)さえあれば理想の家具が即座に手に入り、配置もミリ単位で自由自在です。しかし、現実の部屋作りには、重い物を運ぶ労力、古い家具を処分する手続き、そして何より「生活」という名の終わりのない散らかりとの戦いがあります。ゲームの中の理想郷に逃避すればするほど、現実のゴミ屋敷はその対照としてより醜く、耐え難いものに感じられ、さらに片付けの意欲が削がれていくのです。私たちがこの矛盾を克服するためには、ゲームの中の「理想」を現実に持ち込むのではなく、ゲームの中の「管理プロセス」を現実に移植する必要があります。例えば、シムの欲求メーターを管理するように、自分の「空腹」「疲労」「不快感(部屋の汚れ)」を数値化して客観的に見つめてみるのです。もし部屋の汚れメーターがレッドゾーンに達しているなら、それはキャラクターのHPが削られているのと同じ状態であり、休息の前に「回復アクション(掃除)」が必要です。ゲームの中のインテリアコーディネートを楽しむ情熱の、たった1パーセントでも現実の床掃除に注ぐことができれば、ゴミ屋敷化を食い止める大きな一歩になります。仮想世界での成功体験を、現実を否定するための道具にするのではなく、現実を少しずつ良くするためのイメージソースとして使う。それが、デジタル時代のライフシミュレーションとの健全な付き合い方であり、ゴミ屋敷という迷宮から脱出するヒントになるに違いありません。